« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月30日 (日)

死後の評価

 ちょっとうつゝゝとした気分に、何故だか、なっているので、変な文章を吐き出すかもしれないですが、ご了承の程を。


 本当に軽い気持ちで「死にてぇ」って思った時に、すぐにそれをハナから否定するよりも、「はて死んだらどうなってしまうのだろう…」ということを想像すると「死にてぇ」なんて気持ちが綺麗サッパリになくなるので助かる。

 例えば自殺したとして、まず思い浮かぶのって「あいつなら自殺するかもって思ってたよ」っていう、あまり親しいわけでない友人が語る様子。
 自分が客観的にどう視られているんだろうって考える時に、あまり親しくない友人の目線で自分を視てみることにしている。その中で僕は、「自殺しちゃいそうなヤツ」というイメージを持たれている。そんなことを死後に思われるくらいなら、絶対に生きていた方がマシだと思える。

 じゃあ、そう親しくない友人が「え?!アイツが自殺だって?」なんて驚いてくれたならば死んでもいいのかというと、そう。
 でも、そういう感想を抱かれるってことは、おそらく「死にてぇ」なんて思わない状況になってるんだろう。
 あるいは、「親しくない友人」ってのはつまり、いつまでも「あいつは自殺すると思ってた」と言い続ける役割の人間なのかもしれない。残念すぎる。


 宇宙中の全てに、完全に理解されたいぜ!!

| | コメント (0)

2008年11月29日 (土)

報告と注意:小川蘇美について

 なんだか割と久々に鼻と喉の重い風邪をひき、ここ数日ダラリと寝ていたのだけど、ようやっと体調も回復し、幾日かぶりのオナニーも先程済ませたことで、精神的にも完全回復の兆候が視えてまいりました。


 そんな風邪気味の中、僕はとある漫画にハマっていた。いや、その漫画に登場する、ある人物にだ。

Ogawasomi

 小川蘇美(おがわ そみ)

 昨日、最新刊である6巻が販売された「鈴木先生」という漫画のキャラクターである。
 名作、と以前から聞いてはいたが、表紙の雰囲気や「苦悩する鈴木」という文句から、「教師がいじめられる話」という勝手なイメージを持ち、長く読まずにいたのだが、ブックオフの100円コーナーにポツン…と1巻が置いてあり、何の気無しに読んでみた。
 数ページ読んだ時点で、この漫画の購入が決定していた。
 まずぜんぜん教師がいじめられる話ではなかったし、僕の頭にあった「面白さ」の予想を遥かに越えた、棒高跳びの選手が飛んでいるところを、地面で寝ながら視上げているような…とんでもなく面白い漫画だった。
 そして、2巻を読んで、この小川蘇美に恋してた。完全に、ヤラレちまった。

 まぁともかく面白い漫画なんで、いやほんとこれでもかっていうくらい面白い漫画なんで、是非読むことをおすすめするんだけど、でも一言言っておきたいのは
 小川蘇美は僕のもんだかんね!
 …てことなんで。そこは、ね、そこは自覚しつつ読んでもらえるとね、ね。

 ここまで明確に、漫画の中のキャラクターに恋をしたのは、記憶の限りでは二人目だ。
 一人目は中学生の頃、『週刊少年ジャンプ』に連載していた「ライジング・インパクト」に出てくる「パー子」ことパーシバル=ロレンスその人だ。
 その時は流石に「あ、俺ってロリコンだったんだ」と満面の笑顔で思ったもんだけど、それでもパーシバル登場の時に受けた衝撃はとんでもないもんだった。正拳突きを後頭部と胸部に派手に喰らいつつも「全然痛くない、だって何故なら幸せだから」ってくらいの恋。

 でももしかすっと、今回はそれ越えてるからね。

 えー、とりあえず書きたかったのは「小川蘇美は僕のもんだ!」ということだけなんで、もう書くことがないんだけども…そうだね、3度目いっとくか。

 小川蘇美は僕のもんだからな!!

| | コメント (4)

2008年11月22日 (土)

言い訳ばかりで「よぶん」

 僕は、この記事を書くのに、酷く緊張をしている。ゲボりそうとさえ言える。
 書く内容については、昨日から今日にかけて熟考したはずなのだが、もうスッカリ次の言葉が出てこない。
 とりあえず、少なくとも、長文ご覚悟、だ。

 まずやっておくことがある。このブログを長く読んでいただいている方は覚えているかもしれないが、「野女と美獣」という記事があった。
 記事数としては5個にも及ぶ、ある男と女について書かれた話で、ほとんどコメントのつかない当ブログの中で、珍しく毎回数個のコメントがついた、評判?のものだった。既に僕に聞かされていたり、「そんなの当然分かってたよ」という方もいるだろうが、この話はフィクションである。
 狙ったのは、普通考えたらあり得ないだろ…でも嘘だって書いてないし、もしかしたら…万が一…くらいに捉えてもらえれば成功。
 今まで純粋に信じていた方には、騙してごめーんね、と言わねばいかんかもしれぬ。

 そしてまた別に、謝らなければならない方達がいる。昨日、僕の通う大学のイベントで会った、ある研究会の方々である。

 「野女と美獣」については、本当は永遠にネタバレをする予定はなかった。では何故今回そうしたか、それはこの後に書く、現実に起こった、僕の人生における、まるで仕掛けられたような物語を書くに至って、過去の「つくられた物語」を否定しておく必要性を感じたのである………、必要性なんて言ったけど、実際は何となく思っているだけで確固とした何かは無くて、ただカッコつけにやっているだけっていうのはもうバレてるかな?「過去」と「確固」と「カッコ」がかかっているというのも、もうバレてるかな?
 こんな毒にもクスリにもならない冗談を挟んでいかないと、この文章を書けないというのは、ちょっとどんだけ精神弱いんだと自分を戒めつつ、物語を始めようかと思う。


081122_0151001
 僕は、ここ一月ほどメモ帳を持ち歩いている。とっさに書き込めるように、ズボンのポケットや胸ポケットに入れ、愚にも付かぬ内容を書き散らしているのだ。

 1つ前の記事の最後の方に書かれた女の子のことについて、また書こうと思う。
 学校でも、行き帰りの電車とか街中とかでも何でもいいが、つまり決められた行動範囲の中にかわいい異性を視つけて、「その子を視る度に癒されるんだよなぁ、まさに心のオアシス!」なんていうようなことは、ドラマや映画や漫画や小説でもよく視かけるし、実際にけっこうな人がやっているもんだと思う。
 僕の場合は、学校にそういう子がいて、そしてその子が先のリンク先に書かれた女の子なんである。
 あわよくばその子と仲良くなれたらば!なんて思ってしまったものの、その結果はご存じの通り。「そういうこと、俺ってそういうことじゃん!」と自分を納得させて、1年弱が経ったわけ。

 そんでもって話は昨日に飛ぶ。さっきもちょっと触れたけど、僕の通う大学が主催のあるイベントがあり、特に興味は無かったし、実際この4年間一度も行かなかったわけなんだけども(毎年やってるイベントなんだ)、当日遊んでいた友人が「行きたい」というのを聞いたってことと、丁度その会場の近くで観よう観ようと思っていたロメロじいちゃんの新作「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」が上映されていたので、行くことになった。
 なんでこんなに細かくしつこく「偶然行くことになったんだ」というのを書いたのかは、もう少し読み進めてもらえれば分かることと思う。読みにくい文章で申し訳ない。

 さて、そのイベントに行きまして、友人がいるブースを周ったり、よぉ知らんけど面白そうな研究を覗いてみたり、ブラブラしましたらば、視覚えのある女の子の背中を視つけた。
 お分かりと思うが、そう、あの女の子だった。
 イベントに同行していた友人はこのブログの愛読者(って言ってよい?笑)なので、「ほら、憶えてるかな、あの記事で書いた女の子、あそこにいるのが」と言うやいなや理解し、「おいじゃあ視に行こうぜ」と返答した。何を隠そう、その友人は1つ前の記事で触れた親友であり、流石の積極性というわけである。

 さぁさ来ました、その女の子がいる研究会のブースへ……とその前に、更に情報を追加しなければならない。
 その研究会には以前、さっきから出ている友人とは別の友人B(としよう)、が所属していた。ある日の学校、僕がその友人Bといっしょに学内を歩いていると、正面からあの女の子が歩いてきた。「はっはっは、癒されるな!」なんて思っていたら、友人Bが女の子に挨拶を始めたではないか!!「し…知り合い?!」思わず小声で叫んだ。
 実は前々から彼女で癒されていたんだ、という旨を報告すると、友人Bは彼女の情報を教えてくれた。その情報の中に、どうやら彼女は「漫画を描いているらしい」というものがあった。思わず「どひゃーーー!!」だ。
 高校以前には漫画を描いている友人は皆無だったし、大学に入ったらそもそも新しい友人の数が指折りで足りる有様。無論、その中にも漫画を書く人はいなかった。ネット上で知り合った方を覗いて、僕の周りに漫画描きがいないという状況、で何とそんな人視つかったじゃん、で、しかも日々視ることによって癒されていた子だっていう、何この…何!?
 是非友達になりたいと思った。友人Bに頼んで紹介してもらおうとしたが、友人Bはその時自分のことでいっぱいいっぱいだったのかな?そうなのかな?とかで叶わず、そして、僕は彼女に話しかける決意をしたのだった。

 ブースに突入した我々は、いや私は、きっとニタニタと笑っていたことだろう。あわよくば、ちょっとだけ彼女と話すことでも出来れば、もう一日「幸せだなぁ…」状態。
 だが、私の期待ははずれ、別の方がそのブースの紹介を始めた。「まぁそんな人生」と心の中で苦笑しつつも、その方の紹介をフムフムと聞いていた

 ら

 彼女がこちらを指さしている。「な…なんだ…?」背中を冷たい汗がダラダラと流れた。得意の被害妄想の結果である。
 しかしその妄想は、良い意味で裏切られることになった。
 「そのポケットに入ってるのなんですか?」

081122_0151001_2

 「え、あ、えぇ、め…メモ帳です!」
 「みてもいいですか?」
 メモを渡した。しばらく読んで、爆笑。
 この時、僕の頭の上には一体幾つの「?」が浮かんでいたことだろう。一緒にいた友人と目を合わせて「何だこりゃ?!」って表情をしたのは憶えているが、そこから暫くは時間の流れが速すぎて、何を喋ったのか、自分が何をしていたのか定かでない。

 ただ結果としてあったのは、彼女の名前が電話のアドレス帳に追加されていたということだ。


 昨日の今日で、こんなことってあんの?嘘じゃねえの?とお思いかどうかは知らんが、これは全て偶然の産物であり、事実だ。以前書いた嘘童貞卒業の時みたいなオチは、残念ながら無い。今思うと、その信憑性を高めたいから「野女と美獣」のネタバレをしたのかもしれない。


 1つ問題がある。ブースでの彼女との会話が定かでないと書いたが、憶えていることがあった。
 ……前々からアナタで癒されてました!なんていう真実は言わず、平気のへいざで知らぬフリを決め込み、話をすすめていったということ。
 ……そして、このブログを、紹介したということだ!
 ……つまり、この記事をその彼女が読んでいる可能性があるってこと!
 ……「お前は親友がせっかくつくってくれた機会を、あるいは無にしようとしているのか?!」と言う意見は甘んじて聞こう!

 しかし、否!!
 これから始まるのは、壮絶な言い訳タイムだぜ!!
 …もう超吐きそう。軽く目が潤んでるんすけど。


 1つ、僕が考えている大まかな思想を発表する。
 「自らの人生を作品と捉える」
 特に説明の必要は無いと思う。人がこの世に生を受け、色々と生きる目的を模索するだろう。私にとっては、その結果と言うには早いが、現時点での考えとして、自分の人生そのものを作品として捉える思想があるのだ。単純なことで、まぁ説明を加えようと思えば出来るが、きっと皆さんが想像しているような感じでOKだ。
 そしてこのブログは、今私が持っている最大の作品発表の場所なのである。
 自分を発表するには、あまりにもいい時代だ。

 僕は、自分の人生の中に起こった、こんな貴重な出来事を、このブログで発表せずにはいられなかった。
 たとえ、そこに登場する人物がこれを読み、あるいは不快になる可能性を考慮しながらも、だ。「謝らなければならない」と前述したのはそういうこと。全くもって、申し訳ない。

 この記事を読む多くの人にとっては、この言い訳は不要だ。はっきり言って私信だからして、直接言ったれよ!と文句の1つも言いたくなるだろう。
 まさにその通りで、自身の不甲斐なさを恥じるよりない。てかこの言い訳が混じることによって、事柄とは関係のない読者が僕のキモさ加減にほとほと呆れて、不快すら感じるやもしれない。

 あぁ、クソすぎるぜ自分。「発表せずにはいられなかった」なんて尤もなようなこと言ってるけど、僕はこんな「自分の芯を通すんじゃい!」て人間ではない。適当な内容で誤魔化すつもりだった、本当は。
 しかし、昨日「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」を観たことによって、その思いがブレたのだ。「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」の主人公は、ゾンビが発生したその状況を、自らが撮影し、その映像をネット上にアップすることで世界中に事実を示そうとした。
 世界中の人の為にやっているのと、自分だけの為にやっているのでは大きな違いだけど、思わずちょっとだけ自分に重ねてみたくなってしまったのだ。

 それがこの結果だ!
 もうこのままどうやってこの文章を終わらせればいいのか分からない。それは何故なら言い訳という「余分」だからだ。
 だから仕方ない、最後は駄シャレで無理くりしめるぜ。

 これって余分な文章……「余文」だろ!!

| | コメント (11)

2008年11月21日 (金)

 思えば、幼稚園の頃から僕はストーカー気質だった。
 親から聞いた話だが、下級生の仲が良かった男の子を電柱の影から覗き視、「○○くんカワイイナァ」なぞと呟いていたというのである。
 ストーカーどうこう以前に、なんか色々と問題のある感じもするけど、この時から僕は、人に直接思いを伝えるようなことをしていなかった。

 小学生の時の話、これまたちょっと知り合いの、大分年下の男の子兄弟を街で見かけ、そこで声をかけることなく、後をつけ、その子たちの自宅を突き止め、数日後突然に自宅を訪ねたりしたことがある。
 「…アンタはショタコンなのか?」という疑問は置いといて、もうこれは完全にストーカーそのものだ。

 そして残念なことに、今になっても僕は、たいして変わっていない。
 出先で友人を視かけても、その時に友人がこちらに気付いていなかった場合、僕は隠れ、その友人の様子をしばらく伺う。
 かわいい女の子を視つけたら、決して近くには行かず、遠くからその子をずっと視て、追う。

 かわいく言えば恥ずかしがり屋さんだが、ちょっと間違えば、もう完全に異常者。もっと間違えば犯罪者になりかねない。

 こりゃあいかん。


 親友が恋をした。(僕から視れば)彼はもの凄い速度で、狙っている(最近になって知り合った)女性との関係を深めている。そこには、明らかに積極性が視られた。

 そうなんだ、前々から感じていたし、何度改善しようかと思ったか、僕には明らかに積極性が足りず、そしてそれは失敗を恐れ過ぎる自意識過剰から来ているのは間違いない。

 僕は幼稚園の頃からそんなことを繰り返してきた。まったくもう飽き飽きしたぜ、そんな人生。

 俺は積極的な人間になるぜ!!
 かわいい女の子にはバンバン声かけて、玉砕したって構わないさ、動かなきゃ何も始まらないじゃないか、受け身の人生なんてクソ喰らえ!!!!


 …と、そこまで考えて、なんだか前にも同じこと言ったような、と思って過去の記事を調べてみたら、こんなありました。
 そういえばこの記事の結果について、何も報告してなかったんだけれども、やはりというか、報告してなかったってことは…というか、まぁ、この女の子に声なんかかけられなかった。
 同じ授業をとっていたので、授業が終わったそのタイミングで話しかけてやるぜ!なんて意気込んでいたんだけど、その子の背後1mまで近づいたのが限界。タイミング悪く(良く?)、彼女がこっちを振り向いたりなんかしちゃって、とっさに携帯をいじり、「あーなんか電波入りがわりぃな」て顔しながら、だんだんと後じさっていくという情けなすぎる体たらく。

 泣きたくなってくるな。

| | コメント (0)

2008年11月15日 (土)

友人が今、家に来ているスレ。パート2

 友人は既に寝てしまったので、僕は暇だ。

 少し前に何度か()取り合げたボイさんのブログ「あの娘を狂わせたいの@妄想と戦慄」のブログデザインが変化したことを伝えておこう。

 ボイさんは復活してから、不定期にいくつかの記事を残している。しかしそれは奇妙な音楽動画へのリンクであったり、謎の数字、また幽体離脱のこと、人の魂や五感について書かれた文章であり、それはまるで我々に謎を与えているかのようにさえ視える。
 復活についてのコメントもなく、突然に始まった声の無い更新群。それはハッキリ言って「奇怪」とも思え、私は少なからずの恐怖を感じた。

 そこに来てデザインの変更。そのデザインは、やはり私に静かな恐怖を感じさせた。「パンを踏んだ娘」というトラウマ系影絵アニメがあるのだが、どことなくその背景を思い起こさせる紫と青と黒色のコントラスト。
 そして何よりも、以前まではボイさんご本人の顔と思われる写真が貼られていたプロフィール画像。そこには白塗りに黒い悪魔的な化粧をした女性?が怪しく微笑んでいた。黒い化粧は傷口のようにも視え、グロテスクだ。

 プロフィールの下に表示されている、オススメの本やCD、DVD、ゲームなどを紹介出来る、何て言うのか分からないが、アフェリエイト的な商品紹介?の中身にも変更があった。そのトップに『危ない1号』が来ているのも、「まさに」と言った感じではあるが、やはり不気味な雰囲気を醸し出す。
 そしてその中にはデヴィッド・リンチの「イレイザー・ヘッド」も新しく紹介されており、そこで私は思った。
 ボイさんの現状は気になるところではある、が、本人が声を出さない以上、彼が更新しているこれらの内容から全てを察するしか手はない。デヴィッド・リンチの映画を視る時に「感じる」ことが重要であるように、このブログにおいても「感じる」以外に手は無いでのはないか。
 ボイさんの更新記事をヒントに、何かの謎を解くことは可能かもしれない。しかし、それはまるでデヴィッド・リンチの映画のように、内容や中身を知ったからどうということではなく、それそのものを感じて初めて味わえる感覚。これが重要なのかもしれない。

 考えるのではない、感じるのだ。

 そして私は、さすがにそろそろ眠くなってきたので、睡眠直前という意識と無意識の狭間において、何かを感じようと思う。

 さらばだ……、いや…おやすみなさい。

| | コメント (0)

2008年11月14日 (金)

友人が今、家に来ているスレ。パート1

 今、友人がうちに来ているのだが、友人は『バキ』を読み耽っているので、僕は暇だ。

 そんなんで、このブログを書いている。

 またパソコン起動したついでに、ストリートビューで、今うちに来ている友人の家の前を通ってみた。
 友人が僕の家に来ているのに、僕は友人の家に行ったのだ。と書くと不思議な感じがするが、不思議でも何でもないし、現実に置き換えてみても起こりえないでもない現象だ。

 まぁそんなわけで、また暇になったらブログを更新してみようと思っている。

| | コメント (2)

2008年11月10日 (月)

映画2作目!!

 僕は今年の6月に映画監督デビューをしていたんです、が、それから今まで、作品を全くつくっていなかったのです。映画監督として、これはいかんな!と思ったので、なんとつい先程、2作目を仕上げたわけなんです。

 諸事情により、以前みたいにyoutubeにアップとかは出来ないんですが、せっかくなのでキャプチャー画像を一枚、貼っておこうと思います。

Yaneura_cap

 どうだい、かっこいいだろう?!

 一体どんなスタイリッシュな映画を撮ったのか、と思われたでしょうけど、実は違うんです。
 なになに、そんな謙遜するなって?いや、本当に違うんです。
 だって皆さん、この映画のタイトル、何だと思います?

 そう

 

「屋根裏のちんぽ者」

 ですよ。

 江戸川乱歩先生の名作「屋根裏の散歩者」からインスパイアされて、思わず。

 もしこの映画を「視たい!」なんて奇特な方がおられたら、コメント欄に書き込んでもらえば、どうにかして、どうにかしようと思います。

 いやぁ、映画ってほんとに、いいもんですねぇ(故人)。

| | コメント (2)

2008年11月 5日 (水)

「KMKM第二弾」~体育で一緒になった娘Ⅱ~

 また体育で一緒になった娘だ。
 おそらく…はハーフかクオーターだと思われるその顔は、遠目から視ると細い伴都美子だったが、近くで正面から視ると目の大きい矢井田瞳、また横顔はよっすぃにソックリだった。
 顔のイメージから受ける印象は「灰色」。曇り空だったからか、あるいは外人顔の彫りの深さ故か、彼女は独特の暗さを持っていた。しかしその暗さとは対称的に、混血の妙、抜群のスタイルが光っていた。

 授業が始まった当初は何故か特に気にならなかったのだが、彼女はこの寒いのに大分薄着だった。しかも授業が行われたのは屋外であり、先に書いた彼女の「暗さ」はその「冷たさ」から来たモノだったのかもしれなかった。
 柔軟体操が始まった時、その薄着はとんでもない状況を生み出した。薄着、スタイルの良さ、柔軟体操、この三つが重なった時、初めて起こりうる奇跡だったのかもしれない。
 「腰出し、いや…ヘソまで出ていやがる!……あっ…まさか、あれは?!」

Kmkm081104
 私はそれを、奇跡の二等辺三角形と名付けた。

 曇り陽気の中、白い肌とのギャップからか、その三角形だけがキラキラと光っていたように僕には視えた。その光りは、みるみる彼女の全身に広がり、彼女自身の魅力を倍増…いや10倍界王拳が如くだ。
 スタイルが良く痩せている為、腰横の骨がクッと出ている感じがまたセクシー。ヘソが若干大きく、彼女の欠点と言えばそれまでだが、白い肌と黒い穴という、なんだか気味の悪さからくるようなエロスと、あえて言い換えたい。
 そこからの柔軟体操は素晴らしい時間だった。このまま柔軟だけで体育が終わってくれれば、と切実に願った。

 その後、特に激しい動きをする授業では無かったので、彼女の二等辺三角形を視ることは叶わなかったが、僕は幾度もその光景を脳内で反芻していた。

 そんなわけで、気付いたら今、夜中の2時である。

 つくづく幸せな脳味噌だ。

| | コメント (2)

2008年11月 3日 (月)

みうら巡行の開始

 みうらじゅん信奉者たちの大体は、自分がみうらじゅん本人になりたいと思っている。
 これは、みうらじゅんさんがボブ・ディランになりたかったように、「憧れている人物になってみたい」という彼の思想をなぞらえたものだと言えるだろう。

 そして当然、「遅れてきたみうらじゅん信奉者(自称)」である僕も、もちろんである。

 話は変わって、武蔵野美術大学の学園祭に行ってきた。
 ムサ美と言えば、水木しげる、山藤章二、くらもちふさこ、黒鉄ヒロシ、今敏、辛酸なめこ、リリー・フランキーなどなどのビッグネームらが学び、そして当然、我らがサブカルキングみうらじゅんも卒業した美術学校である。

 実は、僕の幼稚園からの友人がムサ美に通っていて、なんと自身が描いた漫画を販売するというので、これは行かねばならん!といざムサ美へ乗り込んだわけだ。

 「うわーすげー、美大ってすげー!」と興奮している最中、とんでもないことが起こった。
 まさか、こんなことってある?

Musabi01
 え?
 この写真の中央に視えるのってもしかして…。

Musabi02

 

ぎゃあーーーーーーーーーーーーーーー!!

 テンガロンハットに長髪、そしてグラサンに柄シャツに杖……。
 見まごうことない……、ま…まさに、みうらじゅんその人ではないか??!!

 僕の心臓の鼓動は高まった。舞台上では何度か、そのお姿を拝見したことはあったが、こ…このシチュエーションは、こ…これは……、と興奮しつつも、冷静に写真の人物を凝視した。

Musabi03_2
 ん?

 なんか、あれ?

 若い?…若くて…、なんかMJのカッコいい感じがなく、むしろイケてない感じ。オーラというものがあるとしたら、皆無。んお?…何だ?
 まさか…これって……、

 Musabi04
 ニセモノじゃねえか!!!!

 俺は失望した。みうらじゅんコスプレかよ!一体誰がそんなことするんだよ。駅のトイレで着替えてさ、清掃員のおばちゃんまじビビり、電車乗ってさ、近づいてきた子供をお父さんがとっさにガードとかされたりしたら恥ずかしくないのかね!!
 いくらお祭りだからって、ちょっとはしゃぎすぎじゃないの!!

 なんか近づいたら、「これが僕の長い『みうら巡行』の始まりなんだ…」てなことを小声でボソボソ喋っていたよ。全く何言ってんだか!!

 しかも1時間くらいしたら、頭がムレたうえに、グラサンのサイズが合ってないから米神が痛いらしくて、3800円くらいのカツラと100円ショップで買ったようなグラサンを外しちゃうし。どうせやるなら、最後までやりきれよな!!
 学内に入ったら、それはもうチヤホヤされるもんと思ってたら、結局露店の学生(それも男子)に「おーい、みうらじゅ〜ん」とかって適当に煽られただけだったからやる気無くしたなんてことは言わせないからな!

 まぁでも、ムサ美祭自体は、滅茶苦茶楽しかったから良かったけどさ!!

 ん?誰が楽しかったって、いや、俺がだよ。だから俺だって。俺?俺って誰だって?いやだからさ、それは…俺…だよ。こいつが……俺が、俺で…こいつで………アンポンタンボカン!!

Mj_rirekisolo

| | コメント (2)

2008年11月 1日 (土)

夢中浮遊感覚

 夢の中の女性に恋をすることが多々ある。

 ある時は木村カエラ嬢のマネージャーになり恋をし、ある時は「武装錬金」の斗貴子さんと共に闘う同士となり恋をし、ある時は鳥居みゆきさんと大学の同級生になって恋をし、そして今朝は「アイドリング!!!」2号の小泉さんと飲み会で知り合い、ノーメイクだとこんなに違う顔してんだ…っていうギャップで恋をし。

 朝起きると、自分は暗い部屋に一人。天井を見ながら、思わず呆然とする。

 しかし、しばらくすると顔が緩む。
 現実世界でスッカリ恋をしていない僕は、せめてできた、夢の中での恋心を思い出し、浸るんである。

 夢日記にその気持ちを記し、悦に入る。
 「こういうことだよなぁ…幸せだなあ」なんて一週間くらい過ごし…ふと現実の自分を視ると、頭上からモノリス的な黒い板がドシーンッと落ちてくる。板の下敷きになり身動きがとれず、息も苦しい状態で、「あぁ…あぁ…」と涙と鼻水が出てくる。手は板の下敷きになっているので、それを拭うことも出来ない。
 もう泣いているのかどうかもよく分からなくなり、突然体が軽くなる感じがする。しかし動けない。宇宙空間で固定されているような、不可思議な感覚である。


************

 現実で好みの女の子を視つけた。時間を持て余していたので、後をつける。かつて探偵をやっていた志茂田景樹さんの「尾行する時は、相手の足下を視るんですよ」という言葉を思い出し、彼女の足を視つめながら歩く。彼女の足が止まる。女は男と待ち合わせをしていたようだ。
 僕は彼らの前を通り過ぎ、一度だけ振り返ってから、近くのコンビニに入る。飲み物の新商品と、缶詰のラインナップをチェックして、雑誌コーナーで読みたいものがあれば立ち読みし、時間を潰す。だんだんと読んでいる雑誌の内容が頭に入ってこなくなる。別の何かが浸食を始めたのである。
 夢で恋をしたことを思い出している。

 デパートの屋上に行き、ベンチに座りスケッチブックを取り出す。あたりを視回すが、特に描くものもなく、スケッチブックを鞄にしまい込み、ベンチに寝転がる。手摺りが邪魔で、首を曲げた窮屈な形。目をつむっていると、意識があるのか無いのか、モヤっとした状態に。あまり時間は経っていないはずだったが、顔中を蚊に刺されていた。

 古本屋に寄ろうかと考えたが、欲求が全く湧き上がらない自分に呆れかえって、帰路を選ぶ。

 テレビを視ていると、しだいに体が斜めになり、横になり、眠りにつく。

 夢も視ずに目覚めた。

| | コメント (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »